资源描述
目 次
摘要 ………………………………………………………………3
一、序論 ………………………………………………………………5
1.研究の対象と意義 ………………………………………………5
2.先行研究 ……………………………………………………5
二、本論 …………………………………………………………6
1.日本女性名の進化………………………………………………6
1.1 日本女性名の特徴と表現形式…………………………………6
1.2日本女性名の各時代の特徴 ……………………………7
1.2.1江戸、明治時代の女性名の特徴……………………………7
1.2.2大正、昭和時代の女性名の特徴……………………………7
1.2.3平成時代の名づけの傾向…………………………………9
2. 中国女性名の進化 ……………………………………………10
2.1 中国女性名の発生 •………………………………………10
2.2 中国女性名の各時代の特徴 …………………………………11
2.2.1封建時代以前の中国女性名の特徴………………………11
2.2.2封建時代、改革開放以前の中国女性名の特徴…………11
2.2.3改革開放の新時期の中国女性名の特徴…………………12
3.中日両国女性名の異同……………………………………12
3.1 中日両国女性名の共通点 •………………………………12
3.1.1社会地位が高くない………………………………………12
3.1.2時代の特徴を表わす…………………………………………13
3.1.3よくある命名の方式………………………………14
3.2中日両国女性名の相違点……………………………………14
3.2.1文字の表し方………………………………………………14
3.2.2現代における個性名をつける意図………………………15
三、結論……………………………………………………………16
参考文献 ………………………………………………………… 17
独創性声明……………………………………………………18
謝辞 ………………………………………………………………19
要 旨
広大無辺な世界と生けとし生けるものは、誰でも姓名を持っているだろう。どの国でも、姓名はもう人の第一の顔といえる。それは個人が社会と繋がるきずなとして、個人の社会存在の証明である。中国は昔から、「赐子千金,不如教子一艺,教子一艺,不如赐子好名。』という諺がある。日本も「名体をあらわす」という諺があう。これからみると、姓名は中日両国にとってもっと重要な意義をもっているのである。姓名は両親が子供に期待としての表現と同時に、一国の自然観と価値観も表現した。
日中両国は一衣帯水の隣国で、長い往来の関係がある。古代から、中国の文化は日本に深い影響を与えている。これは姓名を通して、直接に表現できる。しかし、中日両国は歴史、文化及び生活環境と地理的位置などが違うので、両国の人々は姓名に対する認識もまったく一致するとは限りない。
だから、本論文は1603年後の中日両国の女性名から、対照を通して、違った時代とその歴史文化は名前に対した影響及び進化規律などを研究によって、両国の文化の異同を見つけたいと思う。だから、名前は各国の文化を反映している窓口とも言える。
キーワード:中日対照 女性名 歴史の背景 異同 文化
摘 要
大千世界,芸芸众生,人人有姓,个个有名。无论在哪个国家,姓名早已成为了人们的第一张脸。它是社会与个人的纽带,是个人在社会上存在的一种证明。中国自古就有“赐子千金,不如教子一艺,教子一艺,不如赐子好名。”而日本也同样有句相似的谚语「名は体をあらわす」。可见,姓名对于中日两国来说有着十分重要的意义。名字体现了父母对孩子的期待,包含了他们的美好愿望,同时它体现了一个民族事物的看法、自然观和价值观等。
中日两国是一衣带水的邻邦,一直以来都有着悠久的友好交往的关系。从古代开始日本就深受中国文化的影响,这点在姓名上体现得最为直接。但是由于两国的历史文化以及所处地理、生活环境的不同,导致了两国人民在对姓名的认识方面又表现的不尽相同。
因此,本文拟从1603年后的中日女子名字入手,通过采用对比研究的方法浅析其所隐含的时代、历史背景下对于名字的影响及其演变过程,揭示出中日文化的共性和不同。因此可以把人名看作是透视文化的窗口。
关键词:中日对比 女性名 历史背景 异同 文化
一、序論
1. 研究の対象と意義
人間にとって、姓名は社会生活の中で不可欠なものである。「姓名」、つまり苗字+名前というのは誰でも持っている。しかし、姓名は単なる呼称でなく、文化や社会生活などと深い関係がある。姓名から各時代においての人々の思想、考え方が表されている。
特に、中日両国は一衣帯水の隣国で、長い間の友好交流のため、文化、社会、生活などの面において一定の共通点を持っている。それに、中国の文化は日本の文化に非常に大きい影響を与えたのである。与えるの文化に与える影響は深いといえる。一方、両国はいずれも各自に属する長い歴史を経ていて、自分の国ならではの特色が必ずいろいろな側面から反映される。姓名はその側面のひとつとして、社会生活産物だともいえる。
中日両国の姓名の定義から見ると、姓は家名、名は個人の名で、極単純なものである。つまり、姓は家族の象徴で、名は他人と区別する個人の呼び方である。しかし、実際の生活の中では姓名は人間にとってなくてはいけないものである。それに、姓名は物事を区別する記号的な固有名詞だけではなく、長い年代の流れで生成され、自分なりの特色を持っているのである。
中日両国で、昔から「賜子千金より、敦子は一芸、敦子は一芸より、賜子好名だった」という諺が伝わってきて、名前をかなり重視している。名前は両親がこどもに対しての期待であると同時に、一国がことに対する自然観と価値観も表現している。
だから、本論文はただ、1603年からの各時期の中日両国の女性名の進化と表現形式を対照し、文化、社会背景などの角度から両国の共通点と相違点を研究することを通して、中日両国の社会生活や歴史文化などの名前とのつながりなどを探求しようと思う。日本女性名の比較表は日本明治生命ウェブサイトでの名前ランキング2005を参考して作成したのである。中国の元朝と清朝の時期の女性名の統計表は「明清以来苏州社会史碑刻集」を参考して作成したのである。
2. 先行研究
日本では、多くの学者は日本人と外国人の名前について文を書いててきた。例えば角田文衞が書いた『日本の女性名―歴史的展望 』では、歴史文化を背景にして、日本の女性名について深く研究したのである。外国人の名前についての研究も多くある。それらの中には、同じくアジア地域の中国と韓国の名前によく興味を持っている。インタネットには、中国の女性名については、いろいろな調査と文章がある。例えば、日本サイトで見られる「中国と名前に関する調査」という文章では、作者は時代を反映する中国人の名前や最近の中国人の名前の傾向などの視点から調査していた。しかし、両国の女子名を対象に歴史文化を背景にして、その進化の比較等を行ったの論文はまだないようだ。だから、自分で両国の歴史を研究で,それを比較して、研究を行いたいと思っている。
一方、中国における研究なら、資料収集の段階では、詳しく中国語の日本人の名前を紹介する論文はあまり多くないということに気づいた。いろいろな文章を読んだら、どの国には、名前は長い歴史と豊かな文化内包を持っている。それに、各時期の社会文化現象を反映できることがよくわかった。例えば、浙江師范大学の徐微潔は2004年02期の中国学問週刊誌に「日本女性名字的嬗变」という論文を書いたが、そこからは名前でよくつかっている字を通して、歴史的な変化に伴い、日本の女性の地位も変化していることがわかった。また、雲南財経外国語学院の劉代容は2008年03期の重慶工学院学新聞には、「中日姓名比较」という論文を発表した。中日両国の名前の特色と変化の研究に関するの分析では、両国の文化背景をわかった。調べた資料の中には、中日両国の女性名だけに対する論文はまだないようだ。
二、本論
中日両国の苗字はいずれも千年以上の歴史を持っている。そして長い歴史を経て、両国の苗字はほとんど定着して、あまり変化していない。しかし、名は歴史時代によって、ずっと変化している。
現代、名は姓とあいまって、人を特定し他の人と識別するための呼称であり、個人の人格を表徴する元として理解されている。名は出生に際して命名され、戸籍に届けられる。名前には、個人の所属を明らかにするため家族、父親、居住地などの名が添加されるといったことがあり、また世界の各民族や地域によって、その社会文化のあり方と関係がある多様性もみられる。
名前は時代の影響を深く受けて、激しく進化している。この歴史の長い流れに、中日両国の女性名も絶えず変わっている。
1. 日本女性名の進化
1.1 日本女性名の特徴と表現形式
日本人の場合は、姓は名前の前半につけて、後に名を付けている。それは長い歴史を経て今日に至っているが、その著しい特徴は、世界に類を見ない複雑多様性である。日本字の間でも、文字を見ただけでは、相手の名を正しく呼べないことが多い。名を書く場合、人名と名字にしばしば振り仮名を付けることを要請されるような民族は、日本人をおいてはほかの国にはないと思う。この複雑多様性を緩和するため、現在、人名に用いることのできるのは平仮名、片仮名、常用漢字1945個、人名用漢字983個に限られているが、その漢字をどう読むかについては規定しない。従って、例えば、「明子」(アキコ、ハルコ、テルコ、トミコ、アキラコ、アキライコなどと読める)をどう読むかは、個人もいくは命名者の自由であって、個々の場合、それを的確に読むこと他人には至難である。このような人名の特色は、枚挙に暇がない。日本の長い歴史とともに形成されたものであり、現代の人名は紆余曲折を経た結果なのである。
この中には、衆知のとおり、日本女性名は「~子」という字が多く使う。例えば、「花子」「夏子」「美智子」などある。「~子」は日本女性名を分ける重要なシンポルになった。日本学者杉本つとむさん(1997)の考証によって、実は,平安時期に、日本の上層社会の女性名の中には、「~子」がもう出て始まった。例えば、当時の政界での注目人物の藤原氏の娘は「尚子、明子、多美子、慶子、順子、定子」など名前を付けた。平安時代の華族会層の女性名は人格、個人の場合に、古代の女性に対する「賢女貞女」という標準を反映していることがいえる。
また、武士階層には、「~姫」で女性名をつけることもある。例えば、「玉寿姫」など。普通の平民の女性名は「春」「秋」「松」などよく使う。江戸初期の文学作品の中には、「お案」「お菊」など名前が出てきた。平安時代、「~子」はただはじめだけで、少数な華族女性の特権しか、使っていないで、普及しなかったといいべきだ。
1.2 日本女性名の各時代の特徴
「時代の歩みとともに進む」とよくいわれている。この世の中のすべての物事が時代の影響を受けながら、発展してきたのである。時代の発展が意識がなくて人々の生活を変えている。もちろん、名前も例外ではなく変えられて、いろいろな特徴を表している。
1.2. 1 江戸、明治時代の女性名の特徴
安土桃山時代から江戸時代に入って、女性名はあまり漢字を使わなくて、ほとんど仮名書きであり、大部分が2文字である(はつ・せん・せい・かめ・とら等々)。これらは、しばしば接頭語の「御」をつけてよばれた。このような簡単な名前は一般的な平民家庭に普及した。この名付けの傾向も明治時代まで続いた。みんなよく知っている明治時代『十三夜』の作家『樋口一葉』の元名は漢字はなくて、ただ「なつ」です。江戸時代は、「~子」型の名は、広がらなくても、その時期の知識的な女性名には「かもこ」「けりこ」など名が出てきた。公家・華族の「~子」型の名はただ少数な教育を受けた女性だけに使っていることがわかったが、明治30年代から非常な勢いで普及した。それとともに、公家華族の女性の漢字を用いた名も流行した。
1.2. 2 大正、昭和時代の女性名の特徴
大正時代の女性の名は表2-1示すように、だいたい子型と仮名型に分けられた。そして、「和子」「信子」「貞子」「君子」などのような名は儒家思想にも女性の「婦徳」も反映している。
表2-1:大正時代の女性名
回数(31)
女の名
回数
女の名
13
文子 千代子 静子
5
千代 キミ 幸子
9
清子
4
ヨミ
8
久子
3
フミ 光子 八重子 芳子 敏子
7
愛子
2
正子 和子 信子
6
ハル 貞子 美代子
1
君子
(注:31回数はその名がその時代に出てくる次回である。)
昭和時代に入ると、女性名は表2-2示すように、戦前の特徴が現れて、「~子」型の名はまた一番流行していたのであるが、1945年を絶頂として減少はじめ、大正時代に流行した「~代」型の名も廃れた。表2-3は戦後の女性名の目覚しい変化を反映する。「美・佳・紀・沙・理・真・麻・里・枝・明」などを用いた二音節の女性名がはやっている。男性名と同じように、「和子」と「昭子」の出現頻度は高いといえる。それはこの時代の年号「昭和」と深く関係があると考えている。そして、前時代のように儒家思想を表すなはほとんど見えなくなっただろう。
表2-2 昭和時代 戦前(1926-1945)女性名
回数
女の名
回数
女の名
20
幸子 和子
8
光子
19
節子
6
信子 京子
15
美智子
5
昭子
14
洋子 弘子 久子
4
照子 勝子
13
美代子
3
愛子
12
文子
2
貞子 孝子 敏子 栄子
表2-3 昭和時代 戦後(1946-1988)女性名
回数
女の名
回数
女の名
31
裕子
11
明美 由美 愛
28
久美子
10
悦子 美穂
27
恵子
9
美智子
25
智子
8
節子
23
幸子
7
直美 麻美
22
由美子
6
麻衣
20
洋子
5
順子 純子 恵美 美香 理恵 恵美子
19
真由美
4
優子 彩
17
陽子
3
友美 舞
15
京子
2
弘子 美代子 啓子 裕美 絵美 あゆみ 愛美 沙織
14
和子 香織 恵
1
典子 ゆかり 直子 美紀 由佳 恵み 明日香 智美 麻衣子 明
1.2. 3 平成時代の名づけの傾向
1988年は平成元年で、平成時代に入ってから、女性名はもう「~子」型の名だけにとらわれずに、名付けはもっと多様化になってきたのうえに、時代性の強いトレンドが反映された。例えば、表2-4中には「沙織」「里奈」などのように、字の意味と風俗習慣より発音の美しさをさらに重視していると思う。人名は個性を表す人名がだんだんはやっている。スターと歌手などの名前も両親の参考になった。時には、性別問題までも無視している。最近では、また欧米の名に似た名「譲治・真理・樹里」等々も増えてきた。
表2-4 平成時代女性名
回数
女の名
回数
女の名
15
美咲
5
未来 さくら 美月
10
愛 萌 葵
4
美穂 明日香 凛 桃子
9
七海
3
千尋 茜 遥 彩乃 結衣 陽菜
8
彩
2
沙織 瞳 里奈 楓 奈々 玲奈 奈月 美羽 美優
7
優花
1
成美 早紀 千夏 佳奈 菜摘 真由 ひなた 亜美 詩織 彩夏 琴音 莉子 真央 百花
6
麻衣 舞 愛美 彩香 彩花
2. 中国女性名の進化
2.1中国女性名の発生
中国人の場合は名が姓の後で発生したのである。「姓」は氏族の名を表しているので、伝承性を持っているが、名は異なっていた。名は社会の発展につれて、氏族の間の付き合い・婚姻・財産などの多種の原因でうまれたのである。
歴史の典籍の記載によると、周武王が国を立てる前に、名は単独で存在したのであり、普通は姓或いは氏と一緒には使わなかった。周武王が国を立てた後に、「姓」と「氏」が混同する前、まず氏と名が一緒に使われたが、混同した後に名が姓氏の後ろに付くようになった。
古代の人が名前をつけるのに一定の規則がある。すなわち「子生三月」(子供生まれてから、三ヶ月目に名づける)中華人民共和国の建国以降、戸籍制度が整備されたのだ、現在では名前が固定化している。しかし伝統的には、一生涯でいくつもの名前を持っていた。例えば、幼名、字、芸名などがある。正式な名前は、社会的に地位があり、経済的に豊かで、子供の多い高齢者につけてもらうこたがった。
中国の伝統的な家族の特徴は「父家长制,祖先崇拜,尊老敬宗,男系制度,重男轻女,大家庭观念,多子主义,父子世袭,孝亲意识」ということだ。だから、昔の女性名は家譜、族譜などには記録されないのは一般的であり、女性名は祖先の名前として長く記憶されることもなかったのである。そのとき、普通「美、慧、梅、菊」などを用いて、女の子を美しく、やさしく育てたい気持ちで名づけることがよくある。また、両親は自分の娘が男のように強くなろうという気持ちで男っぽい名前を娘につけたのこともある。
2.2中国女性名の各時代の特徴
中国人はとても名前を重視しており、異なった時代の人名の特徴はその時代の社会文化を反映する。
2.2.1封建時代以前(1603年前後)の中国女性名の特徴
明と清の時代は、女性が社会での身分低くて、普通は死ぬまで自分の名も持っていなかった。少数の名を持つ女性の中には表2-5のような字はよく使っているのである。その時期はちょうど少数民族が中国を統治したので、名前は少数民族の特色も含んでいる。
表2-5
回数
女の名
回数
女の名
51
妙
15
安
15
清
14
真
12
淑
11
宁
10
素
7
贞
6
秀
6
善
2.2.2封建時代、改革開放以前の中国女性名の特徴
中国の封建時期には、多数の女性名は結婚した後、自分の姓氏の前に夫の姓を冠して呼ばれた。例えば張李氏、趙王氏など。「~家的」という呼び方が多くある。
中華人民共和国が成立してから、名前も社会の変化を反映している。1949-1975年間の名前は政治と密接な関係がある特徴を明らかに表している。ひとつの具体的な名前からその人の誕生年代を判断することもできる。「言語文字研究所」の研究によると、50年代から60年代にかけて、「国華・建華・建平・国英」など名前が一番人気がある。そして、1982年の人口センサスから175000人の名前をコンピューターで分析てたところ、女性名は表2-6の十五の漢字の使用頻度が高かったという。
表2-6
女性名
英 秀 玉 華 珍 蘭 芳 麗 淑 桂 鳳 素 梅 美 玲 紅 春 雲 琴 惠 霞 金 萍 栄 清 燕 小 艷 文 娟
それに、この中には、「紅」という字が一番多く用いる。1984年11月20日の「北京晩報」は、年代別に名前としてよく使われる字についての調査統計によると、表2-7示すように、1949年9月30日前と1949年10月―1966年5月の階段にはあまり使われなかった「紅」が1966年6月―1976年10月の階段になるとトップに占めたのである。
表2-7 年代別に名前としてよく使われる漢字
年代
名前によく使われる漢字
1949年9月30日前
英 秀 玉 珍 華 蘭
1949年10月―1966年5月
華 英 玉 明 秀 囯
1966年6月―1976年10月
紅 華 軍 文 英 明
1976年11月―1982年6月
華 麗 香 小 燕 紅
王力『浅谈姓名与社会』より
この時期は、中国がちょうど「文化大革命」という時代にあったのである。「紅」という字が人々の政治に対する情熱を表していた。すなわち、「紅」が当時の思想の中心―革命と闘争をよく説明したのである。
2.2.3改革開放の新時期の中国女性名の特徴
改革開放の新時期に入ってから、名づけも多様性を現して、この時代の新しい特徴を体現していた。上海とか北京とかのような大都市では、「四字名」も出てきた。例えば、張聰穎子、唐林婉兒、鄭赫蓮子,馬陸辞玉、楊柳娉婷、燕鶯呢喃、楊栾珍茜、齐佳若楠なども見られる。さらに、外国との交流につれて、異国文化の影響も名前の中に見られ、しゃれた欧米風の「安娜」(アンナ)などの例もある。だから、人々は伝統の人名用字にこだわらなくて、自分の個性を反映する漢字を使うようになると思う。
3.中日両国女性名の異同
3.1 中日両国女性名の共通点
3.1.1 社会地位が高くない
中日両国は封建時期の女性が社会での身分低くて、男女の差が名前にも顕著である。名前の男女の差の問題に、いくつかの側面がある。例えば、中日とも名前の受け続くの面において、その対象は男性に限定され、女性は名乗りの対象とされなかった時代がある。
そして、両国政府の人口調査の統計データーによると、両国とも同じく、男性名と女性名の区分である。男性名には一般的に人柄、事業、将来の発展などに関する字を含んでいる。一方、女性名はただ女を美しく、やさしく育てたい気持ちだけで名づけるこたがよくある。
そのほかに、異性名も男女の社会地位の差をちょうど反映していると思う。異性名とは男性に女性名、女性に男性名をつける習慣である。このような状況は女性の名前に発生する概率がたかい。これには二つの原因があると思う。まず、両親は自分の娘が男のように強くなろうという気持ちで男っぽい名前を娘につけように、女性への希望を表すのである。もうひとつの原因は次に生まれてくる子供の性別を祈る手段として異性名をつけるのである。
3.1.2 時代の特徴を表わす
名前は姓氏と異なっていて、時代の発展につれて変化している。だから、人間の名前から両親が子友に対する期待を反映するだけでなく、同時にその時代の特徴も反映できる。名の構成から見れば、以下の表2-8は1912年から2005年までの女性名の変化を示している。
表2-8 女性名(大正時代―平成時代)
人名型
年度
大正時代
(1912-1925)
昭和時代戦前
(1926-1945)
昭和時代戦後
(1946-1988)
平成時代
(1989-2005)
子型
104
74.3%
200
100%
284
66%
5
2.8%
漢字型
0
0
0
0
142
33%
169
93.9%
仮名型
36
27.7%
0
0
4
0.9%
6
3.3%
表2-8から見ると、一番著しい変化は子型の名前は1945年を絶頂として減少しまじめる。平成時代に入ってから、三種類の人名型の比率は一番低くなってきた。漢字型のは時代の発展につれて、だんだん増えていくのである。仮名型も女性名型に重要な地位を占めている。戦後から、仮名型の名前は増えう一方である。
中国も日本と同じで、各時代に応じて女性名は変化している。この点は前節(2.2中国女性名の各時代の特徴)に論じているので、ここでは再び論述しない。
3.1.3 よくある命名の方式
中日両国は女性名をつけることについて、総合すると、以下のような方式がある。
第一、「竜・鶴・鳳凰・燕・蝶・雁等」というような特別な意味があっての動物で名づける。
第二、「柳・竹・蓮・蘭・梅等」というような植物名。中国では、「蓮」という字はよく使われる。美しい蓮や睡蓮の花、青々と広がる蓮の葉の力強いイメージを感じさせる名前として認められるのだろう。しかし、日本社会において、この十年来名前に関する多くの調査から見れば、「蓮」という漢字が男性名によく出って、女性名にほとんど見られないのである。
第三、「風・雨・雪・露等」というような天文や自然現象で名づける。
第四、「洋・海・濤・波等」というような山川で名づける。
第五、「暁・春・夏・秋・冬・中・東・南・西等」というような時間と方位で名づける。
第六、「玉・金・銀・宝等」というような財物と器物で名づける。
第七、「徳・賢・善・恭・恵等」というような人柄と美徳で名づける。
第八、「安・健・康・美・佳・淑・雅・富等」というような期待や願望などで名づける。
以上の多くの方式はやはり、親たちが子供に名前をつけるときはよくいいイメージを持つ文字を選んで、子供に対する期待を明らかに示すことができる。そして、普通は、男の子と女の子に対する期待は異なって、女の子にはよく美しさ、優しさを望む。だから、一般的にはやはり名前を通じて性別を区分することができる。
3.2 中日両国女性名の相違点
3.2.1 文字の表し方
中国両国の文字の表し方は異なっているので、名前を書く時も異なっている。中国語はすべて漢字で表記するので、名前をつける時、漢字の意味をとても大切にする。日本語は漢字と仮名の交じり文で、同じ発音では異なっている漢字を対応することができ、同じ漢字も多種の発音があることもある。だから、日本人の名前はどの漢字あるいはどの発音を選ぶのか大きな自由性がある。親たちの願望によって選ぶことができるし、大人になって、自分で改名することもできる。それは漢字を直して、発音は直さない。例えば、ある女の子の名前波「由美(ユミ)」で、大学を卒業して社会人になった後、自分の名前は個性がないと感じて、字を直したがる。考えぬいた上で、自分の名前を「夕方(ユミ)」に改めた。発音は同じで、字は違う。
そのほか、名づけるとき、日本の男性が「靖男」など漢字を使ってのように漢字の意味を重視することより日本の女性は「はるみ」「ゆかり」などのように仮名文字をよく使う。それが人に優しい感じをあげることである。
3.2.2 現代における個性名をつける意図
中日両国は個性名が流行ところに共通している。しかし、個性名の付ける目的といったら、両国がずいぶん違うのである。いずれも個性、ファッションの感じを表したいが、中国人が個性名を付けるのは、同姓同名現象を避けたい心理も含まれている。
今の中国人の名前に、めったに見られない文字を使う名前がどんどん増えている。今、中国では、人口がどんどん増えているために、同姓同名の現象がもっともっと激しくなる傾向があると中国科学院の中国姓名研究センターの主任である王大良がインタビューを受けたときに述べた。だから、同姓同名を避ける心理に基づいて、人々はめったに見られない文字をつかるのであろう。しかし、このようにわれわれの生活にあまり触れない、使わない漢字を使うばかりしていったら、ある程度に同名同姓現象を避けられるが、自分と周りの人に迷惑をかけるのでいいとは思わない。
日本にも個性名を追求する傾向がある。その典型な表現は名前にカタカナを使うことであろう。例えば、わざと「明」を「アキラ」、「翼」を「ツバサ」で表記するのはこれである。カタカナを名前に使うのは、ファッションを求め、他人に注目されたいという心理に基づいているのである。
カタカナを大規模に使う現象はまた時代の産物だといえるだろう。これはただ日本人の名前だけではなく、日本語全体もカタカナが氾濫するように名x手いる。生活スタイルがどんどん変わるとともに、言葉もどんどん変わってくるのは自然の現象で、避けようとしてもなかなか避けられない現実だと思う。
三、結論
本論文は日本の女性名の進化、中国の女性名の進化及び両国の女性名の異同という三つの部分に分けて中日両国の女性名について対照研究を行い、両国の姓名の共通点と相違点を解明した。
本論はまず中日両国の女性名の進化を時代の歴史的に発展から着手して分析した。分析を通して分かるように、名前について政治、時代、環境によってつける名前の特徴は異なっている。これはたぶん名づける人が子供に自分の気持ち、願望及び期待を伝えようと思って名づけるからであろう。そして、中日両国の女性名の対照を研究対象として、特徴および名づけ方についてよく分析し、比較して、共通点と相違点を説明した。
人々の生活や考え方を支配しているのはその国の文化である。姓名は個人が社会と繋がるきずなとして、個人の社会存在の証明だと認められている。だから、姓名を通して、われわれはその背後に隠れたもっと深い階段での文化、および人々の複雑で微妙な心理までうかがうことができるだろう。姓名はひとつの社会現象で、真空の中で自然に発生、自然に消滅することがあり得ない。姓名に形成、発展もそれなりの歴史的背景、時代の発展、社会環境と思惟のモードなどとは切っても切れない密接な関係がある。日本女性名であろうと、中国女性名であろうと、すべて各国の時代の特徴を反映したものである。
女性は封建時代の地位が低くて、名前もない立場から古代女性の「賢淑貞烈」という特色を現す「良子・規子・節子」にわたって、今の自由に名づける時代になった。古往今来、この歴史の流れに、女性の名づける史は中日女性の社会地位がだんだん高くなってくる事実を証明した。
日本の研究資料が少ないため、日本人の姓名に対しての分析はまだ不十分であり、両国の名前の異同についての論述はまだ完璧ではないと考えている。
一方、現在まで中日両国の姓名の比較対照を行った研究は少ないのが現状である。本論は歴史文化の面から中日両国の女性名に対して分析したが、本論の中で触れないところもいろいろあると思う。例えば、言語学や文学などの角度からの中日両国の女性名に対して分析や、姓名の機能などの方面からの研究には、これらのまだ及んでいないのである。本論の不足しているところは今後さらに詳しく研究する必要があるだろう。
(本稿計10054字)
参考文献
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[24] http://www.meijiyasuda.co.jp/profile/etc/ranking/best100/
毕业论文独创性声明
本人所呈交的毕业论文是在导师指导下进行的工作及取得的成果。除文中已经注明引用的内容外,本论文不包含其他个人已经发表或撰写过的研究成果。对本文的研究做出重要贡献的个人和集体,均已在文中作了明确说明并表示谢意。
作者签名: 陈玲君 日期:2011年4月13日
謝辞
本稿の作成に当たり、紙面を借りて、貴重なご指導・ご助言を賜った指導教官の金鳳花先生に心より大変感謝しております。且つ又、ここ四年間、日本語学習から日常生活まで、いろいろとお世話になりました上海第二工業大学日本語学部の先生方に、深くお礼を申し上げます。
毕业设计(论文)原创性声明和使用授权说明
原创性声明
本人郑重承诺:所呈交的毕业设计(论文),是我个人在指导教师的指导下进行的研究工作及取得的成果。尽我所知,除文中特别加以标注和致谢的地方外,不包含其他人或组织已经发表或公布过的研究成果,也不包含我为获得 及其它教育机构的学位或学历而使用过的材料。对本研究提供过帮助和做出过贡献的个人或集体,均已在文中作了明确的说明并表示了谢意。
作 者 签 名: 日 期:
指导教师签名: 日 期:
使用授权说明
本人完全了解 大学关于收集、保存、使用毕业设计(论文)的规定,即:按照学校要求提交毕业设计(论文)的印刷本和电子版本;学校有权保存毕业设计(论文)的印刷本和电子版,并提供目录检索与阅览服务;学校可以采用影印、缩印、数字化或其它复制手段保存论文;在不以赢利为目的前提下,学校可以公布论文的部分或全部内容。
作者签名: 日 期:
学位论文原创性声明
本人郑重声明:所呈交的论文是本人在导师的指导下独立进行研究所取得的研究成果。除了文中特别加以标注引用的内容外,本论文不包含任何其他个人或集体已经发表或撰写的成果作品。对本文的研究做出重要贡献的个人和集体,均已在文中以明确方式标明。本人完全意识到本声明的法律后果由本人承担。
作者签名: 日期: 年 月 日
学位论文版权使用授权书
本学位论文作者完全了解学校有关保留、使用学位论文的规定,同意学校保留并向国家有关部门或机构送交论文的复印件和电子版,允许论文被查阅和借阅。本人授权 大学可以将本学位论文的全部或部分内容编入有关数据库进行检索,可以采用影印、缩印或扫描等复制手段保存和汇编本学位论文。
涉密论文按学校规定处理。
作者签名: 日期: 年 月 日
导师签名: 日期: 年 月 日
致 谢
时间飞逝,大学的学习生活很快就要过去,在这四年的学习生活中,收获了很多,而这些成绩的取得是和一直关心帮助我的人分不开的。
首先非常感谢学校开设这个课题,为本人日后从事计算机方面的工作提供了经验
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