1、コンプレックス脱出の持続への試み ――「結婚者の手記」における「嫉妬」を中心に 劉 金挙 0.はじめに 詩から小説へと転進した犀星は、コンプレックスから脱出するために、引き続き抒情性豊かな作風を用いて、所謂初期三部作において様々な努力を通じてあらゆる試みをなした。しかし、小説家としての輝かしいデビューを果たしたものの、依然として容易に解消できないコンプレックスに苛まれていた((1))。それは、結婚前の生活は既に掘り尽くした後、自然の成り行きとして結婚生活を取り扱うようになった以後の作品にも影響を及ぼすのである。 周知のように、第一期の創作において、犀星は相次いで『結婚者の手記』『
2、愛猫抄』と『香炉を盗む』を書いて、結婚生活というテーマを追い求めている。「作品の根底に流れているいくつものキーワードのうち、<嫉妬((2))>」というものが、当段階の作品において特に目立つのである。本稿では、『結婚者の手記』における嫉妬に主眼をおき、彼のコンプレックス脱出の努力を見ていこうと思う。 1.何故嫉妬が発生するのか 作品の中に、「ゆめ」「寂しい氣」「嫉妬」と「妬み」という語句が度々出てくる。心理的に考えれば、ここに出た「ゆめ」や「寂しい氣」は、凡て「嫉妬」によるものである。 では、普段何気なく話されている「嫉妬」とは、一体何だろう。詫磨武俊氏は、「嫉妬とは、自分より優
3、位を占めたとき、あるいは、自分が大切にしているものを奪われたり、奪われそうになったときに起こる感情である((3))。」と、分析している。彼の説明によれば、人間は、他人より優れている面もあれば、及ばない点もたくさんある。もし心の奥で自分の限界というものを知らなければ、必然的に自分を常に他人との比較において考えてしまい、しかも他人より少しでも優位に立とうと思い、さらにそのことを、当の相手だけでなく、一般の人にも広く認めてもらいたいという願望が強く表れるようになる。その結果として、嫉妬は自然にできてしまうのだという。 さらに、氏は、心の未熟な人、my・meの多い人、親切そうで冷たい人、自分の非は認
4、めない人、自信のない人、劣等感の強い人は嫉妬しやすいと付け加えて説明する。犀星本人に照らせば、特にその自信のない人、劣等感の強い人という言い方に気をつけたい。 複雑なコンプレックスを抱いた上に((4))、「あらゆる暗黒な放蕩、飲酒、缺乏のすべてを尽くし」た犀星は、当然なことに自信が足りないのである。その劣等感と自信不足感とは、犀星を自分と他人との差に気をつかせ、他人との比較の上で自分を評価させがちにして、結果的に自分を嫉妬の底に陥れることになったのである。それを解消するために、彼は人一倍の努力をする。それが原動力となり、彼は優れた業績をあげ、ついに彼なりの人生の完成を成し遂げたわけである((
5、5))。 以下では、「結婚者の手記」から彼のコンプレックスに苛まれた苦悩ぶりと、それの解消に向けた努力ぶりを伺ってみよう。 2.「結婚者の手記」におけるコンプレックス脱出の試み 「私」の結婚までの主要な成長段階を、時間の流れに即して切り取り、それを物語る初期三部作で、作者は、自分の生い立ち、出奔上京、また金沢と東京を往還した苦しい詩の時代を描く。しかし、それは写実的ではなく、自分の過去は著しく美化するものである。抒情性豊かな作品を通じて、犀星は「みせかけ補償」と「なぐさめ補償」を求め、コンプレックスの「打勝ち補償」に成功すると同時に、小説家としても不動の地位を築き上げる。ところが、根
6、本的な脱出はまだ程遠いことで、それはあくまでも「コンプレックス脱出の試み((6))」である。そこで、初期三部作に継いで発表された「結婚者の手記」においても、当然のことながら、作者は初期三部作の「美化」という手法を取り続け、抒情性を保ちながら、コンプレックス解消の努力をもしている。が、初期三部作より、一段と進歩してきて、コンプレックスに苛まれている自分の姿を直接的に描き出すようになるのである。 明治四十三年上京後青春放浪の時代を過ごしてきた犀星は、浅川とみ子との結婚で一つの自身を持つことができた。「感情」を発行、『愛の詩集』を刊行し、詩人としては詩壇に認められ、それなりの自負と自信を持っていた
7、が、それだけではコンプレックスから解放されなかった。 犀星の夫人のとみ子は、在学中、成績は抜群で、全学年を通じて通約九点なのに、総点が八十九点から九十点。ほとんどクラスの最高位に近い。彼女は金沢市内で最優秀の、新堅町尋常小学校の教員である。明るくて、人懐っこい性格で、学生の間で大人気の先生でである。しかも、女学校時代から新聞、雑誌に投稿することが好きで、投稿先は「北国新聞」「石川新聞」「北陸新聞」から師範学校生徒らで出していたパンフレットのようなものまで多数あった。何回か縁談が持ち上がったことがある。人一倍、敏感な犀星は、文通中の相手方の女性の身辺に、そうした雰囲気をいち早く感知した。それか
8、ら、彼女が新聞や雑誌に発表した短文や短歌が、犀星の妄想をいっそう刺激した。当然の結果として、とみ子の優秀さを認めれば認めるほど、彼女の過去に隠見する男性たちに対して嫉妬に苦しまねばならなかった。結婚後、とみ子夫人は犀星の意で文学創作や投稿をやめた。 浅川とみ子との結婚は、犀星にとって大きな意味をもった。(中略)明治四十三年上京後青春放浪の時代を過ごしてきた犀星は、浅川とみ子との結婚で一つの自信を持つことができた。「感情」を発行、『愛の詩集』を刊行し、詩人としては詩壇に認められ、それなりの自負と自信を持っていたが、それだけではコンプレックスから解放されていなかった。本多浩 『室生犀星伝』 明治
9、書院 平12・11 p211 とあるように、その時代に犀星はやはり深いコンプレックスに苛まれていた。 両親に祝福されずに生まれ、莫連女に育てられ、高等小学校を中退し、裁判所の雇をしていて、東京に出ても長い間不遇で、食うや食わずの生活し、周りの人から不良青年として見られてきた犀星は、女学校を出たれっきとした小学校の先生をしていたとみ子に愛を受け入れてもらったことは、いろいろな意味で犀星の様々な傷を癒した。一つは、こんな私でも結婚ができたという思いが強いだけに、その「家庭」造りは意思的である。もう一つは、金沢出身のとみ子を妻にすることによって、犀星にとって故郷観に変化をもたらす要因となっ
10、た。本多浩 『室生犀星伝』 明治書院 平12・11 p212参照。 貧しくても秩序のある「家庭」造りは、犀星にはどれだけの意思があるのか。最も親しいとも、萩原朔太郎は犀星の「家庭」について次のように言っている。 一度室生犀星を訪ねた人は、彼の家庭が如何に和気藹々たる春風にみち、理想の桃源郷であるかをよく知ってゐる。そこの家では、妻と子供と主人とが、一家協力して或る特殊な楽しいアトモスフイアを、具体的に構成してゐるやうに思はれる。(中略)その家庭的空気の中でなければ、落着いて仕事ができないといふ犀星こそ、まことに幸福と言はねばならない。しかし犀星自身に言はせれば、かうした幸福や家庭生活
11、やは、決して偶然の所産でなく、彼自身の努力によつて、意思的に構成したものなのである。肉親の愛さへも知らないほど、不遇な逆境に育つた彼が、少年の時から描いたこがれたものは、和気藹々たる生活の実現だつた。さうした彼の意思と熱情とが、普段の努力によつて昔の夢を実現したのだ。それは決して偶然ではない。(「所得人 室生犀星」)本多浩 『室生犀星伝』 明治書院 平12・11 p214より孫引き とあるように、犀星にとって「家庭」は城である。あらゆるものを犠牲にしても守らねばならなかった。 2.1 「美化」と「抒情性」によるコンプレックス解消の試み 国で結婚式を挙げた後、先に上京して家を
12、借りたり、道具を買い集めたりして待つ「私」のもとへ、妻が飼い犬のクロとともにやってくる場面から始まる「結婚者の手記」は、タイトルの示すごとく、結婚生活をすることになる作者を主人公とする自伝的小説である。 心理的に考えれば、コンプレックスに苛まれる人は、自己不十全感や自己嫌悪感から、その反動として自然と「みせかけ補償」と「なぐさめ補償」を求める。言い換えれば、他人の様子なり、状態なりを見て、そうありたいと思うようになる。『結婚者の手記』において、作者はやはり「抒情性」を捨てずに、「美化」を取り続けるのである。その証左として、朝ご飯を炊く「清浄な火のイメージ」、妻に対する要求と自分の結婚に対する
13、態度がある。 これまでこの家の中で聞くことのなかつた薪の音は、どこか勇ましい元氣な、明るい愉快な生活の始まりを告げるやうであり、いかにも、いそがしそうできびきびした妻のたちはたらきの敏捷さをも想像させた。(中略)何かしらこの世で最も清浄な氣のする火の燃えやうや、その美しいそこのある金色のうづまきや、また微塵にくだけた火の子の美しさ清さすがすがしさは、その時分から私のあたまのなかに残つてゐた。 と、いかにも母親の愛に恵まれ、さらにその代わりとして新婦を求めて発足したばかりの「可愛いらしい」「小さな」若夫婦の二人の世界を幸福感いっぱいで楽しんでいるようだが、言うまでもなく、これは母の愛に恵まれ
14、るどころか、悲惨な出生、そして、悲惨な生い立ちを持った犀星の終生の叶えない夢である。言い換えればこれは、家庭とは何物であるかさえ体得し得ないままに成長してしまった犀星の、過去に対する美化でもあり、結婚後の「私」の持つ家庭に希求するものでもある。この幸せな一日の始まりは、あたかも作者の将来に対する望みの象徴なのである。 また、「弄獅子」の中で「結婚は自分に嫉妬の感情を叮寧に教育して呉れた」と記しているように、新婚早々なのに、理不尽の嫉妬に苛まれたあげく、ついに執拗にまで妻に向かってその過去を忘れようと無理に要求する箇所もある。 「東京へ來るときに、過去の一切のてがみを皆燒きすてて來てくれ。
15、それはお前にも様様な意味で男と手紙の交換くらゐはしただらう。しかし私はそれを穿じくらない。掘ればあとかたもないことでも苦しみだ。だから、そんなものは私と一しょに生活を始めるまでに、皆燒きすてて仕舞つてくれ。」――。と、私はすこし苦しい心地で言つた。 後にまた、それは作者自身の自信のなさ、せめても足りないこととも関係があるとも分析するが、「僕は決して清淨なからだではない。汚れ切つてゐることお前も知ってゐて貰いたい。(中略)それだけ反対に清純なものがほしい。」とあるように、それは単に処女崇拝といった類のものではない、泥濘の街裏を徘徊し、食に飢え愛に飢えて青春放浪の時代を過ごした犀星は、清浄さを妻
16、に期待するものだともわかる。自分にないものを、それゆえに相手に期待するのである。妻に純粋なものを求めた犀星は、その妻と夢にまで見た「家庭」作ることを決意した。 さらに、自分の過去についても、「私のひどい飲酒や、烈しい都会の生活はいつも私をさういふ街裏に惹きつけ、そこで私汚れはててしまつた。」とつくづくと反省し、過去を清算して自分の将来を「ゆめのやうに」築いていこう、即ち、新生活に賭けようとするために、過去の女の手紙を焼いて埋めてしまうのである。 2.2 人一倍の努力による切迫なコンプレックス解消の試み 前に、小説を書くのは小説家の「代償満足を得る」ことだと、フロイトの理論を借りて、精
17、神分析の角度から小説家の劣等感が作品創作における役割を解明しようと試みたが((7))、ここではさらに、芸術創作における嫉妬の働きについて補足したい。詫磨氏は、嫉妬の産むプラスとして、「競争と嫉妬は表裏の関係にある」、「競争はよりよい状態を希求する。つまり進歩への意欲、向上への熱情につながるからである」と、競争と進歩・向上をあげ、しかも「芸術が競争から生まれる」と、積極的にそれを肯定する。確かにそうである。 例えば、妻にSの細君のような苦労をさせないために、 「働け、それがお前の一切だ。(中略)お前は學問もなければ才能もない。お前の一生は努力だ。やりきれないところで、やり貫いてゆくことにはお
18、前は人一倍に苦しみ働き、そして勉強することだ。その他になにがあらう。」――と、(中略)私はしつかり机に胸をあてた。そして仕事のなかに魂を燃しはじめた。仕事は私を力づけた。 と、自分の「劣等感」を常に意識し、その反動として、「優越」を追求すべく仕事に意欲を燃やす。これは、「ともかくも『偉くなりたいと思つて居た』」り(『幼年時代』)、「どうかして偉くならなければならない」(『性に眼覚める頃』)、「今に見ろ、私を苦しめたもの、軽蔑したもの、低めたもの等が、一人で私のあたいを感じなければならないときがあるに違ひないと、強く信じた」り(『或る少女の死まで』)するという、優越感を求める心情で胸をどきどき
19、させる犀星の努力に一貫したものである。 「現状より少しでもよくなりたいという意欲があるかぎり、そして、人に負けたくないという意識があるかぎり、嫉妬は、人間の一生を通じて、発生しつつある。」と、詫磨氏の指摘する通り、この「優越」追求の意欲は、人生の完成をとげるまで、犀星を嫉妬の泥沼に陥れると同時に、彼の創作をより高いレベルに推し進めるのである。 2.3 恋の嫉妬によった苦悩ぶり 詫磨氏は、「恋愛においては、この“何となく自信のない感じ”は大切である。」しかし、「恋の嫉妬は自分に満足できない気持ちから生まれる。」と矛盾に見えるようなことを指摘している。詳しく言えば、恋人を探すとき、人は
20、普通自分の性格などと違い、所謂互いに補い合える人に最終的に決める。なぜなら、自己不十全感や、自己嫌悪感こそ、人間には自分とは違う、或いは、自分より高い価値を持った人を渇望させる。ところが、一旦恋愛関係が確立したら、今度はその「自信のない感じ」、即ち、自己不十全感や自己嫌悪感が、自分自身を苦しめることになるからという。 コンプレックスによった恋の嫉妬の表れとして、男性の場合なら、自分の愛する彼女は、美しいだけに、ほかの男性の目によくとまる。それゆえ、彼女が心変わりをすることはないだろうか。そのすばらしい恋人に自分がふさわしいかどうかという潜在的な心配が出てきて、いよいよ疑心暗鬼の状態という病的
21、症状に陥ってしまう。さらに、もし嫉妬を抱いた人は、わがまま、粗野、短気、向こう見ず、衝動的というような性格の持ち主であれば、しばしば乱暴な攻撃行動に発展してしまうのである。『結婚者の手記』は、正に犀星が上記のことを実演する舞台である。その嫉妬の露な表れとして、妻に対する細かな心配りとその過去に対する執拗なと言えるまでの深い関心と、ドイツ人をはじめとする周囲の人々の妻に対する言動に敏感な注視及びクロという犬とちびと呼ばれる猫に対する虐待がある。 2.3.1 妻に対する心配りとその過去に対する関心 抱いたさまざまなコンプレックスや詩人として成功するまでの不遇時代に、配偶者として望んだ女性か
22、ら数度にわたって見捨てられたことを考え合わせると、家庭を作るということ、しかも、それは、自分よりずっと豊かな家庭で生まれ、小さいときからピアノを習い、教養豊かで、「郷里で永い間西洋人のところへ絶えず出入してゐた」冨子と結婚するということは、犀星にとって、想像できそうもない夢にちがいない。 色々な意味での差が大き過ぎるだけに、既に結婚しているにしても、「僕のやうなもののところへ来たお前はほんとに気の毒だ。」と彼本人が妻に呟くように、コンプレックスは中々解消できず、やはり自信不足なのである。それは、「私」の妻を迎えるまでの準備や妻を迎えてからの喜びや妻に対する細やかな配慮などによって示されている
23、 東京に戻り、家を借りて生活の準備をする犀星は、勝手用具をいろいろと買ってきたうえに、洗濯竿までよく磨いておく。その周到な準備は、「『奥さんが來てから買ふものがなくなつちまつては、奥さんがさびしいでせう。』と、荒物屋に買い物に同行したFが心配したほど」、そして、それを見た妻も「なにからなにまで細かに氣のつく夫を、やや少し呆れて見た」ほどのもので、さすがの「私」自分自身までも、「あまりに整へ過ぎたので、男が然ういふ細心に働くものでないかと」、心配するほどになってしまうのである。 色々な準備のなかで、「秋の日の暖かい肌懐かしい日ざしのなかに、私は間もなくやつてくる妻が、赤い襷がけの朝のすがす
24、がしい姿をして毎朝菜つ葉を摘んでゐることなど、まざまざと目に描いて、」小松菜の種を蒔く光景は特に印象的なものである。 また、妻のために、どんな努力でもするつもりで、何から何までも考えてやる。Hの細君に「朝、顔をあらつたらバケツに一杯ぐらゐづつ水をくんでおあげなさいよ。それだけでも、おくさんにとつては大變な助かりですからな。」と教えられたとおり、水汲みもするし、「敷石がガタビシしてゐる」ことまでもちゃんと妻に注意する。「男のくせにこせこせしてゐるやうに思はれはしないか」とあるように、男として、当時においてやってはよくないとされていたことまでやってしまう。 上記のすべては、全部犀星が「何事もゆ
25、めのやうに」と希求し、「いはゆる『可愛らしい』この小さな家庭」をつくり、それを大事にしようとするための努力である。こんなに周到に配慮し、家族の絆を強めようとするわりに、自信不足も相当なものである。従って、妻のことについて、特にその過去のことについて、執拗にまで根掘りしようとするのである。 それから私は今後ともときどきお前にきつと結婚前にどんな男と手紙をやり取りをしてゐたかとたづねるにちがひない。そんなときは絶對に無かつたと言つてくれればいい。どういふ場合にも言つてはならない。もしお前がそんなとき口を辻らせると、私はむちゃくちゃになつてしまふ。そして私はその男を穿じることばかりを仕事にするやう
26、な不幸な生活をしなければならない。 と、結婚した翌晩に妻に話すように、妻に清純で美しい女を求めるほど、そういう女に過去がないことはないということが、ますますはっきりと思われてきて、嫉妬し、苦悩する度合いは深まるのである。つまり、自分がこうあってほしいと思っていることが満たされず、そのことを悩み、引け目に感じているのだから、対照的に自分の劣等感は深まる。これは、犀星の心の痛みといえよう。痛んだ末に、「誰でもその處女時代には男から手紙の二本や三本はもらふものだ。」と、ちゃんとわかっているのに、「ある日妻が買物に出かけた留守に、私はそつと妻の室へ忍び込むようにして入」って、「何かしら結婚前に彼女の
27、生活をもの語るやうなものがないかと、」ついにその持ち物を調べるに至ってしまう。当然のこと、それは夫婦間の初めての不和を引き起こしてしまうが、「私」の「自信がない感じ」は解決せずじまいに終わってしまう。 2.3.2 周囲の人々が妻に対する言動に過敏感 「不十全から生まれた恋愛感情は、ちょうど棘に似ています。棘を抜こうとすれば、抜こうとするほど、かえって、ますます棘を肉に食い込ませる結果になります」と、アンドレ・モーロワ((8))氏の分析する通り、もし自己不十全感とか自己不確実感を持っていれば、自然に自信がなく、或いは足りなくなるという悪循環に陥ってしまう。それゆえに視野が狭められ、他人の
28、動静に敏感になり、自分自身が左右されてしまう。言い換えれば、自分の人生、自分の生活に、それ自体としての価値が見出せず、身近な他人と比較して考えようとするのである。そこで、何をやっても、これでいいという完成感と安らぎがなく、いつもおどおどして不安定な心でいる。結婚後の犀星も、この運命を避けゆくことができない。例えば、妻といっしょに買い物に出た時、「私は何となく氣がさして二三歩あとから歩いたり、先に歩いたりして、私よりなりの高い彼女をすかして見たりした。」と、いかにも自信のなさそうな様子である。また、電車に乗ったら、 ここでは遠慮のない粗野な視線が縦横に私や妻にそそがれた。あらはなびしびしした視
29、線が、妻の胸から形よく腰掛をなだらに折れた足のさきまで、その盛り上がつたひざの着物を透かして内部まで掻きさぐるやうな狡猾さをもつて、まるで彼等のためにかうして妻が座らせたやうの、殆んど言ひ合わしたやうな目つきが注がれることを私はイヤな氣で見返した。 と、周囲の人々の言動に敏感すぎて、「私」の気はそれにより揉まれているのである。 また、三人のドイツ人にもう一回国歌を弾くようにと頼まれたら、「私はそのとき、何故か急に不快な氣がした」が、礼儀のために、演奏してやることを許す。その時、「私」は、「反感とも、どつちつかずの妬みを感じてゐた」のである。不思議と思われるかもしれないが、実はこの気持ちは
30、犀星がいかに自信を喪失しているかを現わしているのである。 このように、妻を持ってからの嬉しさと幸福感をしみじみと感じながらも、自信不足による相当な不安と嫉妬は相変わらず「私」を苛立たせている。 2.3.3 クロとちびに対する虐待 心理的に考えれば、コンプレックスは心の永遠の痛みで、その痛みに触れられたとき、人は怒り、反発、弁解などのような行動をとる。しかし、直接的な攻撃は、粗野で洗練されないものという見方が社会では支配的で、非難されやすいために、嫉妬に基づく行動はふつう屈折されて、無視、黙殺、白眼視などという、嫉妬の対象となるものに嫌がらせをするとか、意地悪をするとか、二つのタイプ
31、がある。しかし、もし当人がわがまま、粗野、短気、向こう見ず、衝動的というような性格的な特徴を備えれば、乱暴な攻撃的な行動に発展してしまう。「私」はその通りに振舞ってしまうのである。 小説の中では、動物は別に嫌いでもないのに、作者の分身である「私」は、クロという犬とちびと呼ばれる猫を動物虐待とまで言える行為で愛撫する、悪く言えば苛虐するということは、犀星の嫉妬のもっとも端的な表れなのである。 この小説は、一部始終このクロと呼ばれる日本犬と関係がある。「私はあわてて門まで出迎へると、車から降りようとする彼女の裾のはうに、ぴんと耳の立つた黒漆な日本犬が」いるのを見て、すぐ「ふいに吠へられたことが
32、あつた」ことを連想する。不気味とも言えるこの始まりは、まるでこの老犬の将来を暗示したかのようである。というのは、彼女の実家に初めて行くとき、「雪国特有の鋭い勇勇しい光をもつた眼が、疑ひ深さうに私を熟視した。(中略)私はとても路次へ一歩もすすむこともできず、此麼ところにぶらついてゐるのを見られるのも氣になつたので、心憎く犬を見ながら引き返した。」と、惨めな目にあった経験があるからである。妻とともに郷土で成長し、いわば妻と一心同体と言ってもいいこの老犬は、「妻だけの生き物のやうに、いつまでも深く立入って愛することのできないやうに思はれた」ほど、「私」には中々馴染まない。これは、「妻のつみでもなけれ
33、ば、もちろん犬のつみでもない。まだ心が通じきらないのだ。おたがいがよくわからないのだ。」から、「ああいふ小さなことからつまらなく神経質になつては困ると」、決心がつくけど、やはり「この老犬の殊に畜生の心がわからないだけ、たまらなく寂しい氣がした」のである。 殊に、妻に呼ばれ、妻の所へ行きたがるクロを、「私はなかなかはなさなかつた。ちひさい憎しみといふほどでもない反抗的なねたみや、特殊な興味的な感覚が私をすつかりいじわるくするのであつた。」という。なぜなら、「私が離せばきつと妻のはうへ行くにきまつてゐた。それが目に見えて負けるやうな氣がしてならなかつた。」からだ。しまいには、「私は妻がクロをそ
34、ばへよせたがつてゐるのと、犬が妻の方へ行きたがつてゐるのと二つの心が、両方で火を放ち合ふやうにぴつたりと張りきつてゐるのをみると、もう抵抗しがたい諦めを感じ出し」て、クロを離してしまう。つまり、「私」の失敗に終わる。結局、「私」は「ものにはぐれたやうな寂しい氣がし」てしまい、不安は一層深めさせられるのである。 ちびに対しても同じである。「妻が縫い物などをしてゐる膝の上で、いつも、ゆつくりとあたたかさうに睡つてゐた」この猫を、嫉妬の激しさのあまりに、つい奪ってしまうが、猫も猫で、やはり「すぐに妻のそばに行つ」てしまう。そこで、妻の猫を呼ぶ声を聞けば、いつも「私はすこしおそろしいやう氣で」いる
35、のである。 嫉妬の挙句、乱暴な攻撃行動に至ってしまい、猫を「私はいきなりあたまをなぐつてやつた」り、「無意識であたまを二つ三つ叩」いたり、「いつも猫を面白半分泣かせ」たりし、「わざとクロのからだをしつかりつかまへて離さなかつた」り、「クロのからだをつかんだり、耳をそつと爪を立てたりしてきやんきやん鳴かせ」たり、「すぐさま犬の胴ツ腹を蹶りつけた」りするのである。 クロとちびに対するこの嫉妬は、おかしく思われるかもしれないが、実はこの表面化された嫉妬は、自分と「妻」の愛を競おうとする恋敵への嫉妬である。勿論、一番端的な爆発は、クロを巡る夫婦喧嘩と、最後になって強制的に妻にそれを郷土に返させる
36、ことである。妻の愛を巡って犬と競争と言えばおかしいようだが、正にその通りである。残念なことに、「私」はその競争に無残に失敗してしまう。従って、自信不足のせいで、夫婦関係の不安定を心配する「私」にとって、妻への愛を競っているクロは最大の敵になる。徹底的にこの問題を解決するには、クロをこの家から消すしかない。それで、子守のためによく人を噛み付くという犬の正常な行為を口実にして、狂犬でない、しかも、それは妻にとって、「唯一の慰撫」で、そのうえ、返させるのは、「妻の心にもなつて見ると可愛想にも思はれた」とちゃんとわかっていても、やはり無理やりに国に返させる。この決心は非常に強いもので、妻に反対されたら
37、「私は後脳に重い打撃をあたえられたやうなふらふらした眩惑と、神経衰弱みたいな感傷的な、一面に氣の狂れるやうな興奮とをもつて、」暴れて自分の好きな磁器をたくさん毀してしまう。このように、あえてクロを返すということを敢行する根本的な原因は、犬を追放し、夫婦だけの相愛の生活を望んでいることにある。 結局、案のとおり、犬を返させられた妻は、「形體ばかり揃つた魂のない、決して聲を出さない人間のやうに、ぢつと押しだまつてゐるやうで」、非常に悲しくなる。「私」もちっとも嬉しくならないばかりか、悲しいのである。この悲しみは、クロを返しても、その影響を全く無くすることができず、妻の心を着実に自分のほうにだけ
38、向けさせることに失敗したと分かっての失望によるものではある。 このように、動物虐待という不可解な行為は嫉妬の果てに起こった一種の病的症状で、 それは、 列車に乘つてゐる筈の、黒い荒い毛並みをした犬が、ちゃんと前足をそろえて、耳をぴんとつツ立てて、しかも妻の方を向いて、なにかしら悲しげに妻の顔や手や背中や、それらの全體を視界にをさめながら、あたかも妻の身の災厄を守るもののやうに、ぢつと動かないで坐つてゐるのを私は見つめた。その眩惑的であることが私にはつきりと解つてゐたものの、かう目の前にはつきりと坐つてゐるのを見ると、妻がいつもあれだけ深く可愛がつてゐたものの魂が、たえず妻をとりまいてゐる
39、のが當然のやうにも考へられた。 とあるように、無理やりにクロを返させたのだが、妻の愛をまだ確実に、完全に得ていないことが分かり、ついに嫉妬幻想に広がっていく。言い換えれば、自分の嫉妬のもとを消すことができないから、今度はクロは幻影となり、「私」と妻の間に入り込む。つまり、犀星は嫉妬妄想に発展してしまうのである。 3.終わりに 「何事もゆめのやうにといつも心で言つ」て、「可愛いらしい」「小さな家庭」づくりのために、どんな努力でも支払うつもりの犀星は、『結婚者の手記』においては、クロの問題を表面上一応処理済みだが、「愛猫抄」においては、また猫を消さなければならなくなるのである。これに
40、関して稿をあらためて考えてみたいが、しかし、心の中に強く根差した嫉妬のもとである劣等感を解消できないかぎり、何でも「ゆめのやうにいかなかつた」のであり、依然としてそれによった「所在ない寂しさ」、「やりきれない據りどころない寂しさ」、「原因のない寂しさ」に苛まれるのである。 さらに、この解決できない嫉妬は、それに基づいた乱暴な攻撃的行動、つまり、第二期の「市井鬼物」の創作へと導くのである。この意味から、結婚生活というテーマのこの時期の作品は、犀星の第一期と第二期の創作において、架け橋のような働きを果たしている。もちろん、嫉妬の問題はずっと彼の人生の完成をとげる第三期の創作になってから、ようやく
41、解決されるのである。 注: (1)拙稿「コンプレックス脱出の試み――第一期の自伝三部作における脱出の努力」,『室生犀星研究』第23輯(室生犀星学会、2001) (2)一色誠子「『告ぐる歌』考―<嫉妬>と<妄執>の男たちー」,2003年度室生犀星学会春季大会発表要旨 (3)詫磨武俊「嫉妬の心理学」(光文社、1980第17刷)。本稿における詫磨氏の説は、凡てこの本による。本稿は、氏の説に大いに啓発されたものである。 (4)拙稿「コンプレックス脱出の犀星文学――小説における犀星文学の特質を中心に」,『室生犀星研究』第22輯(室生犀星学会、2001) (5)拙稿「『コンプレックス』から『自己実現』まで」『室生犀星研究』第24輯(室生犀星学会、2002) (6)注(1)に同じ (7)注(5)に同じ (8)Maurois・Andre(アンドレ・モーロワ)(小林正訳)「愛の哲学」(穂高書房、1946) テキスト:「室生犀星全集」(新潮社、一九七六)による 謝辞:色々と親切に指導していただいた笠森勇先生に心から厚くお礼を申し上げる。 本稿における誤りなどはすべて筆者の責任である。 9






