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从日本鱼料理看日本人的环境意识--本科毕业设计(论文).doc

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本科毕业设计(论文) 题目:从日本鱼料理看日本人的环境意识 日本の魚料理から見る日本人の環境意識 学 院 外国语学院 专 业 日语语言文学 班 级 12级1班 学 号 126070079 学生姓名 吴逢杰 指导教师 牛伶俐     完成日期 2016.3.29 宁波大学外国语学院本科毕业设计(论文) 诚 信 承 诺 我谨在此承诺:本人所写的毕业论文《XXXXXXXX》的主体均系本人独立完成,没有抄袭行为,凡涉及其他作者的观点和材料,均作了注释,若有不实,后果由本人承担并愿接受校方的处分。 承诺人(签名): 年 月 日 目 录 目 录 II 摘 要 1 要旨 2 1 はじめに 1 1.1 研究の目的 1 2 日本の魚料理 2 2.1 徹底的な魚食民族 2 2.2 日本の「刺身」と中国の「鲙」 4 2.3 醤油の発展 5 3 日本人の環境意識の背景 6 3.1 日本の地理環境 6 3.2 日本人の自然崇拝 7 4 現代の日本の漁獲問題と新しい環境意識 8 4.1 黒鮪と鯨の漁獲問題 8 4.2 「機械論的」な自然観 9 4.3 生命中心主義 11 5 終わりに 13 5.1 結論とアドバイス 13 参考文献 14 感謝の言葉 15 附录(宋体,加粗,小二号字,居左) 16 日本の魚料理から見る日本人の環境意識 摘 要 【摘要】日本作为一个拥有悠久的鱼料理制作历史,鱼料理种类繁多,但同时又在海洋动物的捕捉问题上充满争议的国家,我们是否可以从他们的鱼料理出发,寻找其争议的源头——即日本的环境意识呢? 鱼料理和环境意识是本论文最重要的两个部分。这篇论文的第一章会阐述本文的研究重点与背景知识。第二章将会简单介绍一些日本常见的鱼料理,主要以“刺身”这种日本的代表性鱼料理为出发点,与中国的“鲙”的这种古老的菜式进行比较,并尝试简单地归纳日本人的环境意识的特点。第三章将会结合日本的自然环境进行分析推理,具体地对日本古代的环境观进行分析。第四章是日本的环境意识与近代西方的自然观的比较。并据此提出日本环境意识中的缺点与应该注意的事项。最后在第五章将对本次研究做一个总结,并得出结论。 【关键词】刺身;调和;捕鲸;环境意识。 日本の魚料理から見る日本人の環境意識 要旨 【ABSTRACT】日本は魚料理の作る歴史が長くて魚料理の種類も多い国であるが、また海洋生物の捕獲問題において多くの争議を引き起こすくにであるから、我々がその魚料理を出発点として、その争議の源すなわち日本の環境意識を探すのはいけるのか? 魚料理と環境意識は本論文の二つの重要な部分である。第一章は本研究の重点と背景知識を述べるのである。第二章は簡単に日本での普通の魚料理を紹介し、そして日本の「刺身」と中国の“鲙”を比較して簡単に日本人の環境意識の特徴をまとめてみる。第三章は日本の自然環境の角度から分析をして、具体的に古代日本人の環境意識を分析する。第四章は日本の環境意識と近代西洋の環境意識との比較であり、またその比較の結果を基づいて、日本人の環境意識の中にある欠点と注意事項を提出してみる。最後の第五章は本研究のまとめであり、結論を出す。 【キーワード】刺身;調和;捕鯨;環境意識. 1 はじめに 1.1 研究の目的 海に囲まれている島国としての日本は、豊かな海洋資源を持っている。しかも、何千年の前から、魚はずっと日本人の主食とされている。日本人も自分が「徹底的な魚食民族」と誇っている。日本という島国で生活している日本人にとって、魚との縁は何千年の前らかもう起きた。何千年の時間を経ててこの時代に辿り着いた日本の魚料理はもう単なる食べ物ではなく、日本人の環境に対する知恵と意識を反映しているはずだと思うが、近代に入ってから、特に明治時代の後で、日本の海に対する顔はだんだん不親切になった。例えば大量にクロマグロを漁獲し、輸入するということである。そもそも日本の主な環境意識はなんであるのか、それに、近代以後、日本の変化は一体どうのように発生したのか。これらの問題を答えるために、この論文で日本の魚料理から日本の環境意識を分析して、そしてその環境意識の変化も研究すると決めたのである。 2 日本の魚料理 2.1 徹底的な魚食民族 日本は一つの島の国である。この島国の特色の一つは新鮮な海産の食物である。海に囲まれて、4千余りの島からなる日本列島に江河川湖沼の分布する所が多く,温帯における気候が新鮮な魚介類を豊富にし、漁業は昔から日本人の生存の営みである。豊富な海洋資源があるので、日本で海に親しい文化が形成した。日本人は海洋に特殊な感情を持っている。さらに、“徹底的な魚食民族”と称されることもある。魚は日本の飲食リストの中に主な構成要素である。聞くところによると、日本人の食用魚の数量は三百類以上に達する。ほとんど2日に1回は魚を食べるという言い方もある。日本人にとって、かなはの生活中で不可欠な美食である。その国は何千年の前で、稲作の技術がまだほとんど発達してなかったとき、魚を主な食べ物にして、魚を料理して食べはじめるようになったということは想像しやすい。「日本書紀」と「古事記」、この二本の日本で最も古い文献のどちらにも、魚の登場が見える。たとえば:「日本書紀」の中に、「神功皇后鮎釣伝説」という伝説が記録されている。その記録を読めば、魚が720年の前に日本人の日常生活と歴史文化に入ってしまうという事実が分かる。今まで、数え切れないほどの魚料理が日本で作られてきたのに、すべての魚料理を紹介するのは無理だと思って、以下は大体に普通の魚料理を例として紹介しようとする。 鯛: 鯛刺身 鯛めし 鯛茶漬け 鯛のあら煮 赤魚鯛の磯蒸し 章魚: 蛸と大根の柔らか煮 蛸と大根のサラダ  たこ焼き 太刀魚: 太刀魚の甘酢づけ 太刀魚塩焼き 鮎魚女: 鮎魚女の唐揚げ 鯵: 鯵の塩焼き 鯵の酢油煮 鯵寿司 アナゴ: 穴子素麺 烏賊: 烏賊飯 烏賊焼き 烏賊唐揚げ団子 烏賊のさっと煮 いわし:  いわしの蒲焼き いわしの梅干し煮 いわしフライ うなぎ: うなぎ飯 うなぎの炒めもの カサゴ: カサゴの唐揚げ 鰹: 鰹のタタキ 鰹の角煮 鰈:  かれいの姿煮 かれいのレンジ蒸し 鮭: 鮭のかす漬け 鮭の大蒜焼き、サーモン寿司、サーモン刺身、サーモン刺身丼 鯖: 鯖の竜田揚げ 鯖の南蛮煮   鯡:  鰊の香り焼き 鰤:  鰤の照り焼き あさり: あさりの酒蒸し あさりご飯 あさりスパゲッティ 真蜆:  蜆の醤油漬け マグロ: 鮪刺身 鮪丼 鮪窯焼き 以上の例を見たら、日本では魚料理の調理方法が多いという事実が一目瞭然になる。もちろん、料理を作るとははまず食材の特徴を捉えて、そしてその特徴によって相性のいい調理方法を選ぶということであり、つまり、調理方法の自身にはレベル差がないと思う。そうなのに、もし一番有名な日本料理といえば、大部分の人はすぐ“刺身”というものを思い出すであろうと思う。つまり、刺身は代表的な日本の魚料理とは言えるのであろうと思われる。だから、本文は主に「刺身」という魚料理を出発点として、日本人の環境意識を論じてみようとする。 2.2 日本の「刺身」と中国の「鲙」 「刺身とは、魚介類などの食品を生のまま小片に切り、醤油などの調味料で味を付けて食べる料理である。」 これはウィキペディアから引用してきた“刺身”の定義である。もちろん、いま、世界で一番有名な刺身は日本の刺身しかないとはいえるかもしれないとおもう。けれども、刺身は徹底的な日本料理なのか?それもはっきりいえないと思う。なぜなら、「詩経・小雅・六月」によると、「飲禦諸友,炰鱉膾鯉,侯誰在矣,張仲孝友。」程俊英.《诗经译注》[M].上海:上海古籍出版社,2004,07. という詩が記録されているからだ。その「膾鯉」はつまり「鯉刺身」の意味である。その詩は、数千年前の周朝の頃、中国で“生肉を細く切って食べる"という食べ方がもう誕生したその事実を証明した。しかも、古代の中国人はわざと「鲙」という漢字を作った。この漢字は特に「生の小片に切った魚の肉」を指す。その漢字は中国歴史書の中で、どこにも見えるのである。だから、「刺身」という魚料理はもともと日本の特有の料理ではなかったといえる。その「鲙」は中国の伝統料理の一つだった。唐、宋のとき、「鲙」を食べるのは一度盛んになった。しかしそのあど、「鲙」はだんだん人たちの視野から消えるようになった。いままで、中国でほとんど「鲙」の姿がみえなくなった。それはなぜなのか?どうして宋朝に入ってから、「鲙」が消えようになったのか。この問題は複雑であるが、筆者は環境資源の角度から、一つの可能性を論じてみようとする。その論じの結果は、日本の刺身の伝承と日本人の環境意識の研究にも役が立つ。 中国は宋朝に入ったまえ、この国で主に使われていたエネルギーはまだ木と木炭であり、宋朝に入って、社会発展とともに、もとのエネルギパターンはだんだん社会の需要に満足できなくなった。その時、全国はエネルギーを取るために異常な速度で木を伐采していたが、エネルギーはまだまだ遠く足りない。幸い、最後宋朝はもう一度石炭を見つけた。どうして「もう一度」を使う?なぜなら、中国で石炭が利用されたのは漢代に遡り、東晋時代にも石炭を製鉄に利用した最初の記録がある。しかし、漢朝が終わったあとの千年中、人口はずっと低レベルに維持していて、普通の木炭は社会の発展を支えることができるので、石炭というエネルギーもだんだん人たちに忘れられてしまった。その状況はやっと宋朝のエネルギー危機で破られた。人たちは石炭の価値を認めなおす、石炭もエネルギー舞台の中心に辿り着いた。宋朝以降石炭は広く燃料に利用され、宋代に至ると華北では大半の家庭が石炭を燃料に用い、開封では数百万家の中に薪を用いる家は無かったという。 この状況は「鲙」の存続を影響したと思われている。なぜなら、古代人にとって、石炭の数量は豊富だし、使い方も便利だし、その状況で、人々はだんだん熟食を食べる傾向になって、生肉を食べないようになった。中国である諺が伝わっている:「穷则变 变则通」(注)。ただこの事例から見れば、中国人は「変化」の意識を持っている傾向がありそうである。木炭がなくなったら、石炭を使うのを選び、石炭の便利さと豊富さを発見したら、もとの生肉を捨てて熟食を選ぶ。これは中国人の自然に対する一種の知恵と意識だと思う。 その「変化」の意識の産生はもちろん中国の環境と繋がっている。ならば、日本の刺身の発展からみると、どんな環境意識が見えるのか。その問題はあとで解釈する前、まず日本の地理環境の特徴と日本人の基本的な精神生活を紹介しなければならないと思う。この紹介も後のまとまりに大きく役が立つと思うからである。何で中国人は熟食を選べるのか?それは選択肢があるのだ。日本は一つの島国として、ご周知の通り、鉱物の量はとても少ない。そのために、中国人と同じに大範囲で石炭を採掘して使うのを普及するのはとても難しいであろうか。たとえ古代の日本人は刺身を捨ててみたくとも、それは無理であろうと思う。なぜなら、古代日本の自然資源は大範囲で熟食を普及することを支持できないからだ。日本の自然環境が日本人の選択する可能性を制約した。だから、刺身を捨てるより、そのものを伝承し、できるだけ改良するほうが日本人にとってもっとよい選択肢である。幸い、日本の海岸線が長くて、しかも広い緯度の範囲にわたっている。日本の水産生物の種類と数量の豊富なことは世界の他のいかなる部分にもたいしてひけを取らないであろうと思われる。この有利な自然条件は刺身の改良と発展に可能性を提供した。だから、日本人は刺身を保留してきたとともに、刺身の種類と作り方それに調味料を改良できた。その伝承と改良の過程はつまり、日本人と自然との「調和」する過程である。「調和」とは、「もとのものを全く捨てて新しいいいものを選ぶ」ではなく、「あるバランスを見つけて、そのものが保存できるのを前提にある調整して、そのものをもとより適当なものにさせる」ということだ。その単語の意味をうまく解釈できるのは、辞書の説明ではなく、醤油というものであろうと思う。 2.3 醤油の発展 チマタ・としての刺身は、江戸時代に江戸の地で一気に花開いた。そもそも京都は、鯉のような淡水魚を除けば新鮮な魚介類が得られにくいため、いわゆる江戸前の新鮮な魚介類が豊富に手に入る江戸で、刺身のような鮮度のよい魚介類を必要とする料理が発達するのは当然のことであった。 もうひとつの理由は、調味料として醤油が生まれた事である。生魚の生臭さを抑える濃口醤油が江戸時代中期より大量生産をはじめ、大都市・江戸の需要をまかなった。後述の通り、魚を生食する文化は日本以外にも存在するが、特定の種類の魚の調理法に限定されている。江戸時代の江戸で生まれた、多種多様な魚介類を刺身として生食する習慣は、まさしく醤油という生の魚と相性が抜群によい調味料あってこそのものであった。また醤油の普及は、生の魚と飯を即席であわせて醤油をつけて食す料理、握り寿司につながった。また刺身の普及によって、生の魚と飯を即席であわせて醤油をつけて食す料理、握り寿司につながって、鰹や鮪のような、塩漬や加熱調理した場合に食味が落ちる魚についても、美味しく食べられるようになった。鮪は江戸時代中期までは塩漬したものを煮るか焼くかで食すのが普通であり、あまり美味とはみなされず、それゆえに安価な魚であった。江戸時代後期から、醤油漬けにした鮪を生食するようになり、これがおいしいから人気が高まった。しかし、日本はいつから醤油をつけて刺身を食べるのか? 『鈴鹿家記』応永6年6月10日の記事に「指身鯉イリ酒ワサビ」 《鈴鹿家記》とは「OL」.https://kotobank.jp/word/%E3%80%8A%E9%88%B4%E9%B9%BF%E5%AE%B6%E8%A8%98%E3%80%8B-1346776 とあるのが刺身の文献上の初出である。それに、『日本の味 醤油の歴史』吉川弘文館に、奈良興福寺多聞院の僧英俊によってその多くが、記された1478年から1618年まで及んでいる『多聞院日記』によると、醤、味噌、唐味噌に関する記述が数多く見受けられ、特に、1576年の記事に唐味噌を絞り、固形分と液汁分が未分離な唐味噌から液を搾り出し唐味噌汁としていたと考えられ、これが現代で言う醤油に相当するものであると、記載されている。これらの記録から見ると、刺身の記録が醤油より早いのが分かる。では、醤油という調味料が普及の前、日本人何を使うのか。 実は、日本醤油が普及する以前、日本人は生姜酢や辛子酢、煎り酒(削り節、梅干、酒、水、溜まりを合わせて煮詰めたものなどの調味料を用いていたが、いま、刺身を食べれば、醤油は絶対に不可欠な調味料であり、しかも、いまわれわれが使っている醤油は簡単な濃い醤油あるいは淡い醤油ではなく、いろいろな醤を一定の割合で混合したものである。醤油の変化過程はうまく「調和」の意味を解釈した。「調和」は日本人の環境意識の核心である。 3 日本人の環境意識の背景 3.1 日本の地理環境 日清戦争以前のもとの日本人を生んで来た気候は大体温帯においてであったが、そのいわゆる温帯の中での一番寒いところから一番暖かいところまでのすべての部分を細かく含めている。こういうふうに、互いに調和できる範囲の内でのすべての段階に分化されたさまざまな様相がこの広大ではない国土の中に含められているということはそれだけでもすでに意味の深いことである。なぜなら、週期的、それとも非週期的に複雑な変化の相貌がある環境で生活するために、人間は強い注意力と自然に対する観察力を養成しなければならない。それは季節の交替、変化は人間の知恵を養成するというものである。また日本の海はひとつに繋がっているが、東側および南側が太平洋、西北側が日本海、西側が東シナ海、北東側がオホーツク海である。日本列島の南側を日本海流と呼ばれる暖かい海流が流れている。北からやってくる千島海流が三陸沖から常磐沖でぶつかって有名な北海道漁場をつくった。 それに、日本は地震が多い国である。ただ地震計だけに感じるくらいの地震は日本全国で毎日どこかに一つ二つが起こるほどであり、毎月も著しいあるいはやや著しいといえる地震はどこかに一つ二つ起こるのである。家を破壊して死傷者がでるようなのでも三四年も待たずにきっと日本の国土のどこかに発生するに間違いはない。この地震は日本の建国から今まで大体同様な頻度で繰り返して発生しているものである。 「日本書紀」第十六巻によると、太子は鮪という男に与えた歌にも「ない」が現われており、また第二十九巻にも天武時代における土佐国大地震とそれに伴なって土地が落ち込んだ記録がある。それ以外、地震によって起こる津波も、日本その国がいつも直面しなければならない破壊力のおても高い自然災害である。  つまり、日本は自然災害が多い一つの国である。古代の日本の国民にとって、自分の足もとの大地が時々大いに震え動く、そういう体験はきっと彼らに深い印象を与えたあろう。その体験を持って存続し来た国民と、そうでない国民とが自然というものに対する印象と観念の間に大きな違いが存在しているのも不思議なわけではないであろう。 地震と同じに、火山という存在も日本人の精神生活にも威圧的な影響を与えた。    このような地理特徴が日本人心の中に「脚下の大地は一方においては深い愛をもってわれわれを保育する「母なる土地」であると同時に、たびたび刑罰の鞭をふるってわれわれのとかく遊惰に流れやすい心を引き締める「厳父」としての役割をも勤めるのである。」寺田寅彦.寺田寅彦随筆集[M].東京:岩波書店.1948 という環境に対する印象を刻み込んであった。 3.2 日本人の自然崇拝 もし日本の文学と諸芸術を見れば、日本人は人と自然とを一つになるのを求めている。それは日本人の精神生活の諸現象の中で、何よりも明らかな特徴である。 それに、日本人は昔から自然を崇拝していた。ある人は「単調で荒涼な砂漠の国には一神教が生まれる」と言った。言い換えてこれは「神さまは人間が自然環境に対する印象から生まれてきたものである」ということを意味するのである。この考え方で考えれば、日本の八百万の神たちは実に自然の全体を代表している、つまり日本人は全体の自然を神として崇拝しているということである。 日本において科学の発達がおくれた理由はいろいろあるであろうが、一つにはやはり日本人の以上述べきたったような自然観の特異性に連関しているのではないかと思われる。雨のないの国では天文学は発達しやすいが多雨の国ではそれが妨げられたということも考えられる。前にも述べたように自然の恵みが乏しい代わりに自然の暴威のゆるやかな国では自然を制御しようとする欲望が起こりやすいということも考えられる。全く予測し難い地震台風にたれつづけている日本人はそれら現象の原因を探究するよりも、それらの災害を軽減し回避する具体的方策の研究にその知恵を傾けたもののように思われる。 4 現代の日本の漁獲問題と新しい環境意識 4.1 黒鮪と鯨の漁獲問題 前述の通り、大分の人にとって、日本料理といったら、まず頭の中に入ってきたのは「刺身」のであるが、刺身といったら、やはり鮪刺身であろうと思う。刺身の作りにおいて、鮪は貴重な食材であるが、その中、黒鮪は一番ほかの鮪より珍しい種類である。肉の部分によって、黒鮪刺身もいろいろな種類に分けられている。具体的に言えば、黒鮪刺身は大体に大トロ、カマトロ、中トロ、赤身、中落ち、天脳に分けられる。その中で、カマトロと大トロ、カマトロ、天脳は脂肪が多い部分であり、だから味も濃いし、価格もほかの部分より高いのである。それに対して、赤身、中落ちは脂肪が少ないので、味は淡くて大トロなどより爽やかであり、特に赤身は脂肪が一番少ない部位として、細かく味わってみたら、酸味が出てきると言われている。それも特別な味と思うけど、普通には赤身と中落ちは価格が低いである。つまり、鮪はほぼ全身の部分も魚料理になれるということである。その「全身もおいしい料理になれる」の特徴も黒鮪の価値が高い理由の一つであると思われている。またその理由で、黒鮪が人間に大捕獲されてきた。しかも、黒鮪は繁殖能力が高くなくて生活の環境に厳しい要求があり、足りない深度や不適当な温度や不足な広さなどのさまざまな原因でも鮪が死亡するから、人工飼養はここで壁に当たって、普及できないのである。人間の大捕獲と弱い繁殖能力などの理由で、黒鮪は今とても厳しい存続挑戦に直面している。 2013年ISCの研究報告によって、この200年以来、黒鮪の総数量は本来の3%になった。スイスに位置する世界自然保護連盟は黒鮪を「極危」のレベルに登録した、それはパンダと同レベルであるから、黒鮪はパンダのほどに珍しいとは絶対にいえると思う。 しかし、現在全世界で鮪の漁獲活動はまだ行われている。しかも、残念ながら、日本はその漁獲活動を積極に参加する者の一人である。CBSの報道にう夜と、毎年日本は世界各地から大量な鮪を輸入し、その輸入量は自分以外の世界各地の鮪漁獲量の80%を占めている。それ以外、日本自分も毎年鮪の漁獲活動を進行していて、大量な鮪を漁獲している。それゆえに、国際でも日本の漁獲活動に対する反対の声が多いが、日本本国として、わざと漁獲の数量を減らす動作は多く見えないのである。日本のその問題に対する態度は、筆者に日本の捕鯨問題を思い出させた。日本は一つの島国であり、海洋資源の維持はこの国にとっては大切なはずだけど、日本は鮪、鯨という海洋生物に対する態度はおそらく親切とはいえないと思う。しかし、この問題について道徳の角度から日本の行為を批判するより、その現象を分析して、どうしてずっと人間と自然との調和を求める日本はその環境破壊の活動を続けているのか。その矛盾性は日本人の心の中に潜んでいるある環境意識を反映しているかどうかという問題は筆者が研究してみたいことだ。 捕鯨のこととはいえ、前述のとおり、日本は海に囲まれている島の国であり、その条件は日本が捕鯨できる客観的な条件になった。奈良時代に編纂された万葉集においては、鯨は「いさな」あるいは「いさ」と呼ばれていた、「いさなとり」その捕鯨を意味する語彙も海や海辺にかかる枕詞として使用されている。11世紀の文献に、後の醍醐組の祖先が851年頃に「王魚」という海洋動物を漁獲した記録もあり、この「王魚」はクジラのことであろうと推測されている。「鯨記」によれば、突き取り式捕鯨という大鯨に対する捕鯨方法(銛ではなく矛であった)が最初に1570年頃の三河国であり6~8艘の船団で行われていたとされる。この文献以外、長崎県壱岐市の原の辻の遺跡から出土した捕鯨図らしい線刻があるものと北海道で出土した大量な小型の歯クジラ類の骨も無声に日本の捕鯨歴史の早さを述説下いる。これらの証拠があるので、日本は千年の前からももう捕鯨活動を始めたという事実が簡単明瞭にわかると思う。それは想像するさえ難しい場面であろうと思う。なぜなら、そのときの科学は全然発達してないし、漁民たちが使える道具もあんなに先進ではなかったのに、一体どうやってクジラという巨大な海洋生物を漁獲するの?はやり捕鯨技術を熟練に掌握する同時に、力を一つにして、お互いの協力で団結しなければならないであろう。そうならば、捕鯨ということも確かに伝統の精神文化とはいえるであろうと思う。しかし、どうしていままでその捕鯨活動を続けるのは一つの複雑な問題である。なぜなら、今のにほんでは飢饉問題はもう消えたし、その捕鯨活動も実にあんなに大きな経済利益をもたらすわけではないいし、社会の進歩とともに、鯨を殺すのは人に「残酷」なイメージを与える。日本もこの形象問題のせいで、国際で多くの反対の声を直面しなければならなくなった。しかも、それ以上最も大切な問題は、こういう行為は自然のバランスを壊すから、それは日本の「調和」思想と遠く離れるであろうと思われる。 4.2 「機械論的」な自然観 そもそも日本人の自然観は「自ずから」という意味をしていることである。自然そのもには「自ずから」なる自然であり。その「自ずから」という意識は、人はもちろん、神意さえをも超えることであった。この点を西洋のキリスト教の場合いに置いたら、天地万物は神に作られてきたものである結論が出てきた。しかし、「旧約聖書」によると、神の姿と似ているのは人間だけであり、神が直接に命の息を吹きまれたのも人間だけである。だから人間はほかのすべての万物より高位にいる特別な存在ではある。その思想の指導のもとで、「人間」と「自然」は厳密に区別される二つのものである。それゆえに、同じ神に作られてきたものであるが、人間の下に位置するほかの万物即ち「自然」が人間を「神」として崇拝の対象とするというようなことは、理論上ありえようなもなかったと考えられる。言い換えれば、人間以外の一切の動植物はすべて人間のための食べ物として作られてきたものである。それを前提に、人にとって、さまざまな方法を利用して「自然」を支配するのは当然であろうと思われている。 17世紀のデカルトに始まる近代の自然観は徹底的にこの方向に転換していた。その転換の結果は、現代の先進の科学文明が現れて、人類にの多くの恩恵が生んできたということはいうまでもないが、現代の科学文明がいま、自然環境を破壊し、大きな危機が現われたのも事実であろうと思う。西洋の「自然」は日本の超越的な存在の「自然」とは異なり、自然を数量的に測定し、力学的に実験し、その性質を数字で記録する。そういう自然観は即ち「機械論的」な自然観である。 欧米における工業化の背景で作られてきた機械論的自然観がそもそも人間の主体性を重視するその立場に立っているが、大規模な自然破壊をもたらした。けれども、そのことへの反省もあり、その「人間のため」の自然観を基づいて、「自然保護」の思想も速く生まれてきた。なぜなら、「自然保護」はあくまで「もっと長く自然を利用して万物を支配する」ということであるから。ヨーロッパはこのままに工業化の終わりとして自身を生み出してしまった自然破壊の「毒」を制約する「葯」をもまた、身の中に持っていたのである。 しかし、明治以後の日本は、特に第二世界大戦ので、急速に工業化を進め、日本の伝統に元ないものを「接ぎ木」したのである。日本人は西洋から自身の伝統文化に元来はないものをたくさん貸してきたが、それは根無し草に過ぎないものであった。目の前の「利益」、「効率」、「経済」のばかりに注目し、その科学技術の生まれた土壌としての機械論自然観や相応の倫理、宗教のことには深く研究する気はなく、成果だけをどんどん学んで利用したのである。同じ傾向は西洋の法や諸制度を学ぶときにも言えることである。 一方で物質生活をつうきゅうするために西洋から文明の利器を貸してきた。一方でその必然結果としての自然破壊に対して、伝統的な自然観の中に自然回復の方法を求めるのは無駄になる。 これは西洋の自然観を単なる「接ぎ木」したせいで、起こす「拒絶反応」と呼べるかもしれないであると思う。そして、これは、うまく日本の捕鯨問題を解釈した理論であろうと思う。現代科学は日本人に強い文明利器を与えてから、日本人はもとより大量に黒鮪や鯨を漁獲する力を手に入れた。しかし、日本人はその強い文明利器の運行を中止する方法は分からないである。その「自然を支配する」機械論自然観に引いたままに漁獲活動を続けている。それは二種の自然観即ち「調和」思想と「支配」思想の衝突ではある。 4.3 生命中心主義 西洋近代以来の機械論自然観は人間の主体性を強調するものであり、つまり人間中心主義ということである。その思想の指導のもとで、人間は支配者であり、ほかのものは被支配者である。この両者の間に越えられない壁があるから、通じるわけにはならないである。だから、人間としての私たちは梅や桜、鮪や鯨などの生物の視点からこの世界を考えることは不可能であるし、またその必要もない。しかしそれは間違いであろうか。人間はこの世界での唯一の存在という考え方はまるで夢言葉のようなものであろうか。例えば、樹木が大量な酸素を排出しているから人間はこの地球で存続できる。自分の存在を絶対化、唯一化することは、自分の破滅へ繋がる。この角度から言えば、日本本土の「共感」、「調和」の自然観は今までも現実意味があると思われている。確かに、現代の日本にとって、いろいろな生命ある存在が等しくその存在理由を尊重し、共生するエトスが今や求めるべきのことである。 P.W.ティラーは、かつての日本人が抱いていた人と自然との「調和」および「共感」を想起せしめる様な「生命中心主義的見地」を中心に四つの信念を挙げている。 (1)他の生物と同じ意味合いと条件のもとで、人間は地球の生物共同体の一員を成す。 (2)他のすべての生物種同様、人間と言う種は相互依存のシステムの中の不可欠の要 素である。そのシステムの中では各生物の生存は、豊かに或いは貧しく暮らす可 能性同様に、まわりをとりまく環境の物理的条件だけでなく他の生物との関係に よっても決定される。 (3)各々がそれぞれの方法でそれぞれの幸福を追求するという意味で、すべての生物 は生命の目的論的中心をなす。 (4)人間は他の生物に本質的に勝っているわけではない。Paul W. Taylor.『環境思想の系譜3』[M].東海大出版pp. 92-95 この「生命中心主義」の信念のすべてをまとめにしたら、つまり、自然界やその中における人間の位置や人間の生活を平等な目で扱う事であり、人と生物の関係を一定の方法で理解する事である。これこそが自然界で唯一の「道徳」といえる法則であるとティーラーは主張している。唯一であるかどうかは別の話しだけど、確かにこの様にすれば、一切の動植物を平等に扱う事ができる。他よりも存在価値が高いとされる生命は無いのである。また、或るものの生存が他のもののそれと衝突する場合も、基本的にはこのエトスを踏まえた上で義務の調整がはからるべきであろう。これは自然界のすべてをも人間にとっての役が立つ対象、つまり単なる手段とする事なく、その生命体としての価値を認めるという角度から出発することを意味する。人間と自然の間における「いのち」を通しての関係の改善するのはこの主義の現実意味であろうと思われる。 5 終わりに 5.1 結論とアドバイス 以上の研究によると、古代の日本で鉱物資源が少なくて自然災害が多いなどの原因で、自然と「調和」するという環境意識が生まれたのである。その「調和」の環境意識のもとで、日本の「刺身」といった魚料理は中国の””のように歴史の川から消えるのではなかった。しかし、明治時代以後、日本は社会発展のために西洋の「自然を支配する」という自然観を単なる「接ぎ木」したせいで、自然破壊が始まったのであり、また元の「調和」の環境意識の影響で「自然保護」の思想が早く生まれて着なかった。今まで、日本はまだその「支配」の思想から完全に脱出できない。それも日本が捕鯨の事をやめない原因の一つであると思う。もし日本はその環境破壊の状況から脱出したいなら、西洋の「自然保護」の思想をまじめに学ぶといい、それとも、元の「調和」の思想に戻ってもいけるかもしれないであろうと思う。 参考文献 [1] 寺田寅彦.寺田寅彦随筆集[M].東京:岩波書店.1948 [2] 正木晴彦.日本人の自然観と環境倫理[[J].長崎大学教養部紀要.人文科学篇.1996 [3] 魚住雄二. マグロは絶滅危惧種か[M]. 東京:成山堂書店.2003 [4] 林 玲子,天野 雅敏 編.日本の味 醤油の歴史[M].東京:家の光協会,1994 [5] 加藤尚武.環境倫理学のすすめ[M].東京:丸善.1991 [6] 亀山純生.環境倫理と風土:日本的自然観の現代化の視座[M]. 東京:大月書店 [7] 杉本久未子.戦後日本における環境観の変化 [R].同志社社会学研究.2003 [8] 徐静波.日本饮食文化[M]:历史与现实.上海人民出版社. [9] 陆微微,吴未未.<共生思想>の原型——日本的自然観の探求[R].愛知工業大学研究報告.2011 [10] 日野晃輔.環境倫理から環境哲学へ--日本的自然観とセンス、オブ、ワンダ-- [J].酪農ヅセ—ナル.2004. 感謝の言葉 この論文については、最初、表題を選択して、資料を集めて、骨格を立てるから初稿の作成と最後の改定まで、三ヶ月ぐらいの努力を経過して、最終が本稿を作成したこととなり、諸先生方からのご協力に深く感謝したいと思います。 また、この論文を作った時、牛先生から全力で援助をもらいました。指導先生として、牛先生からこの論文についての構想、主題、言葉遣いなどのご指摘をいっぱいいただきました。 先生のおかげで、卒業論文は順調にできました。ここで心から感謝の気持ちを表したいです。 附录
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